「知りたい」にまかせること、とか
たとえば「知る」ということに自分の行動に強い影響を及ぼす劇薬のような効果を認めるなら、「あることを知りたい。ほかのこと以上に知りたい」と考えること、いや自分にそういう考えを許すことは、「知りたい」という欲求に自分の未来を委ねているともいえる。
その結果がどのようになるかは予想できないし、危うい面を持っていると思う。
このことを考えるとき、というより人間の(自分の)アンコントローラブルな面に目を向けるとき、よく頭に浮かぶのは「デミアン」の
「ぼくはもとより、自分のなかからひとりでにほとばしり出ようとするものだけを、生きようとしてみたにすぎない。どうしてそれが、こんなにむずかしかったのだろう。」
というフレーズだ。
この文に触れて自分の性向に気づいたのか、この本を読んだからそのような志向が養われたのかはもう判然としない。たぶん前の方だと思うが自信がない。